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NEWS

JCはやし隊

HAYASHITAI

平成2年4月、JCねぶた運行時の囃子支援、囃子の後継者育成・指導を目的に掲げ「JCはやし隊」が発足。
初代会長に和田勉氏が専任され、会員はJCOB及びメンバーで構成。発足当時、構成メンバーも少なく囃子方の専門団体に一部演奏を依頼する形式をとっていたが、次第にメンバーが増加することにより、平成9年4月にJCOB・メンバーが主体となる体制に移行する意味で、他囃子団体に頼らない囃子形式が誕生。その後、現在のねぶた運行における「JCはやし隊」の囃子運行体制が構築されている。
公益社団法人青森青年会議所のねぶた後継者育成事業への協力の他、地域ねぶた出陣時の囃子演奏なども実施。
2020年、JCはやし隊は創立30周年を迎える。

定期練習

TRAINING

練習日程

SCHEDULE
期間火曜日 18:30 ~ 20:00
土曜日 18:00 ~ 20:00
場所公益社団法人 青森青年会議所 会館
青森市本町4-1-25
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JCはやし隊では上記の日程にて定期練習をおこなっております。
随時、見学も可能ですのでお気軽にお越しください。入会のお申し込みおよび見学のご連絡は下記リンクよりご連絡ください。
お問い合わせページへ

入会案内

ADMISSION

入会金

年間3,000円(一家族)

振込先

青森銀行本店営業部
口座番号:普通 300596
口座名:JCはやし隊
みちのく銀行国道支店
口座番号:普通 2606104
口座名:JCはやし隊

活動内容

ACTIVITY
2018.6.18青森じゃわめキッズ(青森市立大野小学校)
2018.6.25青森じゃわめキッズ(青森市立浪岡野沢小学校)
2018.7.4青森じゃわめキッズ(青森市立浜田小学校)
2018.7.17青森じゃわめキッズ(青森市立金沢小学校)
2018.7.29,30松原町会ねぶた運行
2018.8.2,4-7青森ねぶた祭JCねぶた運行への協力
2018.8.19幸畑ヒルズねぶた運行
2018.9.22,23あおもり10市(とし)大祭典 in AOMORI
2019.6.5ねぶたアカデミーカレッジ(青森市立油川小学校)
2019.6.9ねぶたアカデミーカレッジ(青森市立橋本小学校)
2019.6.21ねぶた教育 囃子体験(青森市立油川小学校)
2019.7.21幸畑ヒルズねぶた運行
2019.7.29,30松原町会ねぶた運行

歴代会長

HISTORY

1990.5~1999.4 初代会長 和田勉

初代会長 和田勉

1999.5~2003.4 第二代会長 澤田清史(故)

第二代会長 澤田清史(故)

2003.5~2007.4 第三代会長 柿崎隆昭

第三代会長 柿崎隆昭

2007.5~2009.4 第四代会長 直井信行

第四代会長 直井信行

2009.5~2019.4 第五代会長 柳谷秀康

第五代現会長 柳谷秀康

2019.5~ 現会長 佐藤一尚

現会長 佐藤一尚

青森ねぶた祭

AOMORI NEBUTA

青森ねぶたの歴史について

青森ねぶたの歴史で以前は、坂上田村麻呂が征夷大将軍として蝦夷征討(えみしせいとう)をする際に、敵を油断させるために大きな蟷螂を使い笛や太鼓で囃し立てたことを由来としていました。ですが歴史上で、蝦夷征討の第3期は789年から803年にかけて行われており、史実として日本後紀に記されていたわけではありません。青森ねぶた祭では、1962年にその年の最も優秀であった団体に「田村麿賞」を制定していましたが、先ほどの話もあり現在では「ねぶた大賞」と名称変更をしています。
ねぶたの起源に関しては、諸説さまざまありますが、現在最も主流として考えているものは、全国にも多くある灯篭(とうろう)流しが、原型と考えられています。実際に現在の青森ねぶた祭でも、 最終日の7日には海上運行と称してねぶたを流しています。(大きな船に乗せて流すのですが…)そこから考えると、青森ねぶた祭の元々の意味合いも灯篭流しと同じように穢(けが)れを流す禊(みそぎ)のようなもの、または鎮魂(ちんこん)のようなものと推察できます。

青森ねぶたの原型

青森ねぶた祭が、記録上一番古いのは1716年に青森の油川で行われたというものです。
当時のねぶたは、担ぎねぶたでした。その後、人形ねぶたが作られるようになり、ねぶたが大型化していきました。明治時代に入ると担ぎねぶたもかなり巨大化して、浜町のねぶた「宝船」は20メートルの高さを誇っていました。
まるで現在の五所川原立佞武多のような山車が、すでにあったということです。また、明治時代には、ねぶたの運行そのものが度々禁止されていたようです。戦時中も中止をしていましたが、1947年にはねぶたが再開されました。その後は、ねぶた祭りは企業が主体となり観光の側面がかなり強くなってきました。
1958年には国鉄の東北三大祭に指定され1963年には青森ねぶた祭は、青森市文化財に指定されました。その後1980年に国の重要無形民俗文化財に指定され現在に至っています。

青森ねぶたの運行方式

青森ねぶたの運行は、もともと「吹き流し」といわれてねぶたが一台ずつスタート地点から出発しいく方式で、青森市内の主要道路である国道と新町通りを主体に運行してきました。
しかし、1986年ころからカラス族といわれる若者たちが、ハネトの正装の衣装ではなく黒装束や白装束などで祭りに参加し、次第に悪質また凶悪な集団化となり、2000年には1万人を超えエスカレートした結果、2001年より運行形態を、一斉スタート、一斉終了という運行スタイルとなり現在に至っています。そんな取り組みもあり、現在はだいぶ治安が良くなり、多くのねぶた関係者は、昔ながらの「吹き流し」での運行の再開を期待しています。